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[オリジナル小説]『そのレンズに写るもの』 [オリジナル小説]

うん、まぁ、気まぐれに。
こんなものも書いてみた。

ホラー?
他にジャンルが思いあたらんのだ。
パブーさんにアップしたのはこちら。↓


一応そのまんま《続きを読む》でも読めますですよ。私の名は田中弘一、四十七歳。
 大手家電量販店で販売員として勤めてはや二十数年。
 今や押しも押されぬ販売実績を持つやり手バイヤーとして、社内はおろか取引業者や近隣の同業店員にまで名前が知れ渡っている程だと自負している。
 最近では『空気を読む』なんて言われているようだが、そんな事は私は十数年以上も前から実践している。
 お客様の購買意欲。
 お客様が店内に一歩足を踏み入れた瞬間にその戦いは始まっている。
 どの売場を探すのか、買う気があるのかないのか、その一挙手一投足を見逃しては全てが台無しである。
 何を求めているのか会話で動向を探る。
 むろん、声をかけると鬱陶しがるお客様だっている。
 そんな時は、さっと身を引くのも戦術だ。
 そこが空気を読めるものと読めないものの差である。
 私は常にそう思って売場に立ってきたし、後輩たちにもそれを教えてきたつもりだ。
 私の教えを聞いてきたもの達は、たとえこの職場を離れても一線で活躍できるバイヤーになっている。
 私にとってそれは誇りであり自慢である。

 それは雨の日だった。
 大雨の中、ずぶ濡れの傘を水滴避けのビニールに丁寧に入れながらその青年は店内に入ってきた。
 私はその若者の目を見た瞬間に感じた。
(買う気だ!)
 二十数年付き合ってきた相棒である私の直感がそう言っていた。
 私は女房よりも長い付き合いの相棒に心の中でしっかりと頷いた。
(これを逃すようならバイヤーの資格なし!)
 と。
 青年はまっすぐにデジカメのコーナーに向かっていった。
(いける!)
 なにか目的の物があるのだろうか、コーナーをひとしきり見回っている。
 意中の物があれば即座に買いそうな勢いでカメラに喰らいつくように見ている。
「いらっしゃいませ。どういったものをお探しでしょうか?」
 青年は迷いのない眼差しでこう答えた。
「デジカメを探しているのです」
「はいはい……でしたらこれなどですね最新機種なのですが、お値段が他の最新機種に比べてかなりお安くなっております。このお値段で他のメーカーのと比べてもほぼ遜色ないですねぇ」
 自信たっぷりに解説する私に対して、青年は真剣にこう言った。
「このカメラで……このカメラは撮れますか?」
「…………」
 予想外の要望だった。
 この私が営業トーク中に言葉を紡ぐことが出来なかったのは新人研修の頃以来だった。
「……さすがにこのカメラでこのカメラを撮るというのは……」
「そうですか……他にそんなカメラってここにありますか?」
「ええっと……どこのメーカーの物とか何か判ればお探しいたしますが……」
 ここもそうか……。
 という落胆の色が青年の顔にありありと見て取れた。
 私は……私ともあろう者が、目の前の収穫をみすみす逃してしまった。
 その日から数日の私の売り上げはゼロだった。

『ああ、よくある都市伝説ってやつですよ。田中さん、質の悪い客に引っかかりましたねぇ』
 十数年来の付き合いのある卸業者の島田に聞いてみたところ、そんな言葉が返ってきた。
「都市伝説?」
『ええ、この世のどこかに、そのカメラ自身を写すことの出来るカメラがあるってぇ話ですよ』
「いや、しかし、そんな機能が在ったからって一体何にの意味があるっていうんだ?」
『やだなぁ、田中さん。なにマジになってんすか? だから都市伝説ですよ、都市伝説。意味もなにも在ったもんじゃありませんて』
「……しかしなぁ」
 あの青年の眼はそんな感じではなかった。
 この道二十数年。その客が真剣に望んでいるかそうでないかなど、わからないはずはない。
 あの青年はそのカメラが在ると信じて聞いてきたのだ。
「あのねぇ、田中さん、販売の鬼と言われたアンタがさぁ、そんな眉唾な話に惑わされないでよね。こっちは販売してくれる人あっての卸しなんだからさ。これからも今まで通り……いんや、こんな不況の中だ、今まで以上に売って売って売りまくってもらわないと。そうでなくても安売りやなんだでこっちゃ商売あがったりなんだからさ……ってちょっと、田中さん? 聞いてる? 田中さん」
「……ああ……忙しいとこ済まなかったな」
「ホントだよ……大丈夫かい、田中さん。たまには休暇でも取ったら? これからまた忙しくなるんだからさ。そうだ、今度の新製品、ちょっとまた多めに入れちゃうけど、田中さんなら平気だろ?」
「まぁ、また内容見てから考えるよ。今日は済まなかったな」
 まだ電話の向こうで何かを訴えていたようだが、私はその電話を切った。
「田中さぁん、電話終わった? またさぁ、来週セールすっからさ、またでっかい広告打つから、よろしく頼みますよ」
と私の肩を叩くのは店長の鈴木だ。若いが、店員の扱いがうまく、店員の要望を聞く耳を持つ良い店長だ。数年後にはこのあたりの地区長ぐらいは任されることだろう。
「でさぁ、ここんとこずっと忙しかったじゃない?田中さん有給消化出来てないからさ。今週あたりにさ、ぱぱっとまとめてとっちゃってよ」
「……有給……休暇か……」
「そうそう。有給もらってその間にしっかり鋭気を養ってさ。ほんでまたバリバリ売っちゃってよ」
「店長!」
「え、あ、はい?」
「私の有給、どれだけ残ってますか?」
「ええ、っと……確か十日ぐらいだったと思うけど……」
「じゃ、その有給全部使います!」
「って、ええ?! 全部って……それじゃ来週のセールどうすんのさ?!」
「私が居なくても他のスタッフが居ます。これまで教えたスタッフなら、きっと売り上げも安定させてくれます!」
「ちょ、いやいや、急にどうしちゃったのさ?」
「お願いします!」
 他の若い社員が見ている中にも関わらず、私は腰を折って頼んだ。
「なんか……田中さんがそういうんならさ、まぁ良いけど……決算の時にはそうはいかないからね? 頼むよ」
「ありがとうございます!」
 それから私はほうぼうに手を尽くしてそのカメラの噂をたどった。別段そのカメラがあるなんて本気で信じている訳ではない。ただ、その噂の出所が判れば、事の真偽が確かめられる。確かめたところでどうということはない。
 だが確かめずには居られなかった。
 十日程度の有給などあっという間に使いはたした。
 むろん、そんな期間にそのカメラにたどり着くことなどはなかった。


 以来、彼がその売場に立つことはなかった。
 卸業者の島田の耳には方々からのバイヤーから噂が入ってきていた。
「ああ、その客ならうちにも来たよ。あれ、マジで田中さん? この地域じゃ家電バイヤーの鬼と謂われるほどの人が何でまた?」

「来た来た! 田中さん、マジな顔して俺んとこに頭下げてきたよ。十数年ぶりに電話かかってきたから何かとおもったらさ、いや、しつこいのなんのって、もう、まいっちゃったよ」

「あちゃー……田中さんやっぱ行っちまったかぁ……まぁ、しゃーねーなー、結局のところ、自分自身を写せるものなんて、この世のどこにもありゃしないんだけどなぁ……ま、そんなことも自分自身じゃ判らないってことかねぇ……」
 一人そう呟いて島田は携帯を閉じ、タバコを吹かした。
タグ:都市伝説
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